【書評】メモが変える、思考の深さと創造性 『TAKE NOTES!』|ズンク・アーレンス 著|二木 夢子 訳|日経BP
はじめに
毎日のように企画会議や打ち合わせで、私たちはメモを取ります。スマートフォンでタップしたり、パソコンでタイプしたり、時にはノートに走り書きしたり。でも、ふと立ち止まって考えてみると、このなんでもない「メモを取る」という行為には、実は大きな可能性が秘められているのかもしれません。
本書『TAKE NOTES!』は、そんな「当たり前」の行為に新しい光を当てる一冊です。著者が投げかけるのは、メモは単なる「記録」ではないという視点。資料作りに追われる中での閃き、顧客との対話から生まれた気づき、市場分析から浮かび上がった戦略のタネ——。それらを丁寧に拾い上げ、育て、つなぎ合わせることで、私たちの仕事はより創造的なものになっていく。そんなメモの可能性について、本書は科学的な知見と実践的なアプローチの両面から迫っています。
書誌情報
タイトルは違いますが、両方とも同じ内容です。お好みでどうぞ。
ちなみに私は…amazonのセールを利用して、文庫と同じ価格で電子書籍を購入しました。
【電子書籍・単行本】
【文庫】
つながりが生む新しい視点 —— ツェッテルカステンの可能性
本書で紹介されているのは、ツェッテルカステン(Zettelkasten)というメモの手法です。20世紀の社会学者ニクラス・ルーマンが考案したこの手法は、一見すると驚くほどシンプルで、一枚一枚のカードにアイデアや情報を書き込み、それらの間につながりを見出していくという仕組みです。
例えば、ある商品やサービスの新しい展開を考えるとき。市場分析、顧客の声、業界動向、社内の議論など——通常なら別々に管理されるこれらの情報を、個別のカードとして書き出していきます。そして重要なのは、それぞれのカードに「これは他のどの情報とつながるだろうか?」という視点でタグやキーワードを付けていく作業です。この過程で、思いがけない関係性が見えてきたり、新しい可能性が浮かび上がったりするというのです。
本書では、このツェッテルカステンを単なる情報整理の手法としてではなく、「考えを深めるための仕組み」として捉え直しています。私たちの仕事でも、バラバラの情報やアイデアを、どう有機的につなぎ合わせていくかが重要です。その意味で、この手法は現代のマーケティング実務に新しい示唆を与えてくれると考えられます。
「記憶」から「思考」へ —— メモの新しい役割
本書が提起するのは、メモの目的を「記憶のため」から「思考のため」へと転換させる視点です。情報を記録するだけでなく、それを通じて考えを深め、新しい発想を生み出すツールとしてメモを活用する。そのために、本書では3つの重要なポイントを提示しています。
まず、「手書きの力」です。デジタルメモの利便性は言うまでもありませんが、手書きには独自の価値があります。ラフスケッチを描いたり、キーワード同士を線で結んだりする行為は、脳の活性化を促し、新しい発想を生み出す可能性を広げます。
次に、「自分の言葉で書く」という姿勢です。データや資料の内容を、ただコピー&ペーストするのではなく、自分なりに咀嚼して書き留めることが重要です。この過程で、情報はより深く理解され、活用可能な知識として定着していきます。
そして「批判的な視点」の重要性です。目の前の情報を鵜呑みにせず、異なる角度からの見方を意識的に探っていく。この姿勢が、より多面的で深い理解につながります。
思考を深める —— 戦略立案への応用
マーケティングや広告の世界で、私たちは日々膨大な情報と向き合っています。市場データ、顧客インサイト、競合分析、業界動向——。これらの情報を効果的に活用し、新しい価値を生み出すには、単なる「情報の整理」を超えた思考のプロセスが必要です。
本書で紹介されるメモの手法は、まさにそのためのものです。市場データを見ながら気になったポイントをメモする。顧客の声に耳を傾けて印象的なフレーズを書き留める。日常の観察から得られたヒントを記録する。そして、それらの断片的な情報の間にある意外なつながりを見出していく。
特に印象的なのは、本書が示すイノベーションについての考え方です。革新的なアイデアは、突然の閃きではなく、日々の小さな気づきの積み重ねから生まれる——。これは、広告クリエイティブの発想プロセスにも深く通じる視点です。
学びを深める —— 組織への展開
本書の重要な指摘の一つに、「理解すること」と「学習すること」の本質的な関係性があります。著者は「理解するとは、手持ちの知識に意味のあるかたちでつなげること」と述べています。この視点は、チームやプロジェクトをリードする立場の人々にとって、特に示唆に富んでいます。
例えば、新しいチームメンバーの育成や、組織全体での知見の共有を考えるとき。単に情報を伝達するだけでなく、その情報が既存の知識や経験とどうつながるのかを意識的に考えていく。そうすることで、より深い理解と確実な定着が実現できるというのです。
著者は「すぐれた学習者は、すぐれた教師にもなる」とも指摘します。これは、マーケティングや広告の世界でプロジェクトを率いる立場の人々にも当てはまります。自身が「理解すること」に時間とエネルギーを費やし、その過程で得た気づきを、チームメンバーと共有していく。そうした姿勢が、組織全体の創造性を高めることにつながるのです。
創造性を育む —— メモがもたらす可能性
本書『TAKE NOTES!』は、私たちが何気なく行っている「メモを取る」という行為に、新しい可能性を見出す一冊です。デジタルツールが発達した現代でも、あるいはだからこそ、「考えること」の本質に立ち返る必要があるのかもしれません。
本書が提案するのは、メモを単なる記録の手段から、思考を深め、創造性を高めるツールへと転換させる方法です。古典的な手法を現代に活かし、情報同士のつながりを見出すことで新しい視点を生み出す。手書きとデジタルのそれぞれの良さを理解し、場面に応じて使い分ける。そして何より、メモを通じて「考える力」そのものを鍛えていく。
マーケティングや広告の現場で日々新しい価値を生み出すことを求められる私たちにとって、本書の示唆は極めて実践的です。アイデアの種を見つけ、育て、形にしていく——その過程で、メモという「当たり前」の行為が、新たな可能性を開く鍵になると教えてくれます。
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